BGN咬合器を使って難症例総義歯を作る             2007.7.6

BGN咬合器を使って難症例総義歯を作る             2007.7.6

BGN咬合器は広島大学歯学部・東北大学歯学部 非常勤講師 永田和弘先生が長年の臨床と咬合理論の研究から開発された全調節性咬合器です。
スチュアート咬合器と共通した4顆頭球を有し、運動再現性はそれを上回る独特の調節機構を持ちあわせたものです。
この咬合器の特徴はあらゆる調節をしても正確にセントリックの再現ができ、セントリックから後方運動もできることです。また顆頭球を上下できるので顎関節症のスプリント作成や任意で咬合高径を変えることができる上に、マウント後に下顎模型をマウントされた状態で前後左右に移動することも可能です。

BGN咬合器は既存の咬合器で再現できない方向の運動もしてくれ、また興味をそそる機能も持ち合わせており、実際の総義歯ケースに使ってみたく友人に借りてマウントから完成までを撮影しながら作ってみました。
ただ今回初めて臨床に応用したため無謀な扱い方や間違った使い方、撮り損じた画像などがあります。次回は難易度の高くない症例で再度挑戦してみようと思っています。

ではなぜ総義歯をBGNで・・・理由は3つあります。

1) イボカップは重合収縮が無いと言われていますが、顎堤の形態によってハガキ1枚ほどの収縮が後方に現れるのです、つまり口腔内では後方へ行くほど咬合が低くなる訳です。
BGNは顆頭球を上下でき、量をラインで確認できるので、その収縮分を見越せれば補正できると考えたからです。
(総義歯やパーシャルデンチャーの装着時に最後方へ行くほどバイトしない症例を、私自何度も経験しており、原因が他に考えられないからです。)

2)重合後にリマウントして咬合調整及び自動削合するときに、後方からの咬み込みに対しても早期接触しないように後方運動ができ、最後にセントリックの再現も確実な咬合器があればと常々考えていたからです。
ただ、KAVOやイボクラールの咬合器は出来るようですが、プロターは大きくて好きではありません。

3)作業側顆頭の前後・上下調節の機構を有し、そのため切歯部が後側方に運動軌跡を描いてくれますので、側方運動時に切歯同士の干渉がなくなり生体の運動に近づくように思われますから。

今回は総義歯でとても難症例のケースを試験的に使わせていただきました。
後から判ったことでしたが患者さん自身、お口の状況を把握されており「私の下の義歯はとても難しいの・・・」と技工士のわたくしに労いの言葉を懸けていただきました。
主訴は下顎義歯が動くから作って欲しいのではなく、義歯が重いので作り直しを希望されたようです。



上顎の前歯部に骨がなくフラビー状態でありますが、臼歯部の両結節部は顎堤もしっかりしていて問題は無いように感じました、しかし下顎歯槽堤は不動粘膜がひも状でほとんどが可動粘膜です、その歯槽頂の粘膜下には骨がありません。
下顎義歯を口腔内に入れるときも目充てにするランドマークが全くありません。
つまり含む筋肉と避ける筋肉を試行錯誤しながら詰めていくしか方法がありません。


この症例は仮義歯にフローのあるシリコンで内面印象して模型を作成し、義歯が模型に入った状態で咬合器にマウントしました。
上顎は仮義歯のスタモです。
この時点では、院内にある咬合器にマウントしてあります。
試適時に再咬合採得しますから、BGN咬合器への再マウントは後ほど。


試適時のロウ義歯、咬合位の確認のためレジンにてバイト板を作りました。



仮義歯と試適時のロウ義歯

2007.7.11
試適終了時まで松風のハンディーにマントされていました模型を、試適時に再度咬合採得をしBGN咬合器にマウントして作業を進めました。
ここから、BGN 咬合器を使った作業の説明をいたします、ただし開発者の意図とは違っていたり、かけ離れた使い方をしてる場合もあるやも知れませんが、 ありのまま記載いたします。
フェースボウやチェックバイトなどは、一切採っておりませんでしたし、初めての咬合器で戸惑いもありますがチャレンジャーとしてトライしてみました。


咬合器を 0 setingのための各部の調整をします、まずセントリックラッチをしっかりと掛け、顆頭球にヒンジロックを挿入してネジでしっかりと固定します。
このケースは下顎顎堤が極端に吸収していましたので、この位かな・・・いい加減な推理で矢状顆路を20°に設定しました。ベネット角(側方顆路)は0°でマウントした方が安定感があると思われますが、今回は15°の数値を与えました。


側方矢状顆路(開発者はGuichet Liftと命名)10°、作業側顆頭の前後(Rear Wall)を後方に10°に設定。
作業側顆頭の上下は0°に設定、何の論理的な確証もなしに決めました。
これで顎運動を再現させるための5つの要件の調整(?)が終了いたしました。


上顎をマウントするとき、天窓が開き正中を合わせやすくする機構を敢えて作ったのは、フェースボウは必要ないと言う開発者の意図がそこに現れているようです。
咬合平面版はホビー用が流用できるように設定してありました。


ところが、付属しているマグネット付きプラスチックプレートが厚く、石膏模型の上下厚が70mmを超えるとスプリットキャストの尖りに干渉してマウントできません。
右画像は口腔前提最深部間の距離を測ってみたところですが、これだけで43mmたとえ上下間の真ん中に咬合平面があっても、差し引き片顎の模型は最大13.5mmまでしか許容してもらえません。
ホビーのメタルプレートやプラスチックプレートの使用も可能なのですが、尖りをトリーマーで削り取るのも一考かな・・・


2007.7.15
有歯顎における前・臼歯の補綴と総義歯とでは 、根本的に違うと私は考えています。
有歯顎においては既存のファセットを利用することができるし、臼歯をデスクルージョンさせるために新たに前歯の舌面形態を形成するにしても、いかに咬頭干渉を避けるかが重要で、その設定が臼歯の温存に必要であるのは周知の事実であります。
その臼歯部デスクルージョン量の与え方も隣在歯を参考にできるし、リスク回避のために展開角を弱めることで、いわゆる逃げというものが存在するからです。

しかし、総義歯においては積極的に臼歯部に運動時の接触を与えなくてはならず、そのためにも顎運動を完全に模倣した咬合器が必要になってきます。
それには、フェースボウやゴシックアーチを使ってのチェックバイトが必須で、それなくして希望する咬合は与えられないし、安定した総義歯は期待できないでしょう。

今までは半調節製咬合器を平均値的に調整し作業していましたが、今回はこの症例をBGN咬合器に生体の顎運動に近い数値をアジャストして進めました。
特にベネット運動や後方運動によって義歯の完成度が高まることを、期待するところです。


上下人工歯排列終了。


右作業側運動時  左平衡側運動時。
イボクラールの研修では、作業側は543の頬側斜面で接触ガイドし、平衡側では67に接触を与えると習いましたが、確かに ”N type”はそのように接触します。
しかし、矢状・側方顆路やベネット運動の方向によっても、またスピーの湾曲・ウイルソン湾曲・前歯部の被蓋でも大きく変化しますので一概に言えません。


左作業側運動時  右平衡側運動時。


前方運動時


上顎の義歯を先に重合してから、リマウントし再度排列・咬合調整しますから咬合接触はこの程度で先に進みました。


上顎重合へ
上下義歯重合リマウント                2007.7.17

上顎義歯を重合するとイボカップの宿命で、口蓋最深部に隙間を生じてしまいます。
この間隙が前後的な咬合を狂わせてしまうと感じ、BGN咬合器で補正しようと考えた訳です。
インサイザルポール部でハガキ1枚程度空隙がありました。


顆頭球の上下位調整ネジ(下側)を時計方向に回してインサイザルポールがテーブルに接触するまで上昇させました。(この方法は邪道かも・・・)


下顎歯槽骨の吸収が多とき、ワックスアップからフラスコ埋没までの温度変化で、人工歯が下がることがありそれを防ぐために金属球を入れることがあります、特に冬場に。


上下ワックスデンチャー時に正中は合っていましたが、この時点でずれていることに気づきませんでした。
原因を着く鄭できません。


下顎左側後方部の浮き上がり


ポール部では0.5mmほど空いています。


ポールが接触するまで顆頭球を上げました。


上記マウント後に選択削合および自動削合を簡単に行いました。


再度チェック右作業側(緑咬合紙)
改めて見ると、作業側時の顆頭球の運動方向が違うように思います、BGN咬合器の機能を生かされていません、リアウォールに後方10°の角度を付けなければ良かったのでは・・・フェースボウやチェックバイト無しでは仕方がないですかね。


左作業側 (紫咬合紙)


その後、 後方からの咬み込み時の早期接触を取り除くために、後退位調整ネジを2mm移動しました。
また、リアウォールを取り除き、ベネットアングルを逆方向にして、後方も広い範囲で運動できるように調整しました。(間違った使い方)
撮り忘れてるステップがあります。


後方運動の削合。
右7654の頬側遠心内斜面削合後、左654削合途中


再度自動削合
2mm後退位にしたところ画像のようになり、1.5mmほどでもよいように感じました、新たに運動量やリアウォール・トップウォールの調整に疑問が生じました。


前方運動(赤咬合紙)


最後にヒンジロックとセントリックラッチを架けて中心咬合位のチェック。


中心咬合位の最終接触。



左右運動時


研磨・完成


撮影するカメラによってアーチの形が違ってくるものですね、レンズの種類が関係してるのでしょうか?
右画像は口腔内でマークしたもので、左右別々に咬合紙を入れてマーキングしていただいたものです。
咬合紙を入れた側で咬もうとしてるみたいで、両側とも咬合紙を咬み切ろうとする気配が伺われます。
ところで、顎堤が吸収してる症例は咬合面をフラットに作ると言われていますが、希望する位置に咬み込むことで動きの少ない義歯になることを願って展開角を強めて作っています。


装着時に調整した部分です、咬合調整は全く行っておりません。
@部分は周りと同じ高さに揃え、Aの部分は顎舌骨筋線をオーバーしていたので短くしました、Bの部分は頬小帯が入り込んでるのと患者さんが痛みを訴えたので頬棚前方部分を短くしました。



最後にBGN咬合器を使った感想を述べさせていただき、この項を終わりにしたいと思います。
総義歯に使った3つ理由は前に述べさせていただきましたが、その1と2は充分期待に応えてくれたと思います。
しかし、 3番目の後側方運動軌跡はフェースボウやチェックバイト無しでは、正解のない問題集のように、解決できる筈がありません。
ただ 長年の臨床で疑問に思っていたことやクリアーできなかった部分は、今回BGN咬合器を使ったことで調整量を少なくできることを実感できたように思いました。
改良 して欲しい箇所や問題となる部分もありましたが、それ以上に魅力のある機能を備えている咬合器だと確信いたしました。
今後は間接法の宿命である口腔内とのギャップをクリアーするアイテムとして、この咬合器が多くの方々に採用されることを願って已みません。

最後に、誤った使い方や身勝手な使い方で開発者の永田先生には機嫌を損ねたり不愉快な思いを与えてしまったことを、ここで改めてお詫びいたします。
また、 いつもサイトのチェックや適切なアドバイスをいただいていること、深く感謝しております。

終了m(__)m


       

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